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春分の日とは その意味 なぜ春分と秋分は国民の祝日なのか

2016.12.07

 

春分の日とは その意味 なぜ春分と秋分は国民の祝日なのか

春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」という趣旨の元、昭和23年に国民の祝日として制定されました。

しかしよく考えると、なぜ暦の上の「春分」と「秋分」が国民の祝日なんだろうと思ったことはありませんか。

この記事では春分の日とはそもそも何なのか、そしてその本当の意味とはどういったものなのかを、わかりやすくお伝えしていこうと思います。


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春分の日とは その本当に意味

もともと「春分」も「秋分」も二十四節気のひとつ。

二十四節気とは春夏秋冬の四季を更に24に分けて、それぞれに名称をつけた、暦の上での季節の変わり目を示す目安となる日。

夏至や冬至などもその仲間です。夏至は一年で最も昼間が長い日で、冬至は逆に日照時間が最も短い日になります。

そして春分と秋分は昼の長さと夜の長さが同じになる日です。

しかし考えてみると、天文学上で現れる「昼と夜の時間が同じになる日」を国民全員で祝いましょうだなんて、どう考えてもおかしいと思いませんか。

そうであるなら、旧暦で一年の始まりであった「立春」なども国民の祝日であっておかしくないはずです。

ではなぜ二十四もある節気の中で春分と秋分だけが特別に国民の祝日として制定されたのでしょうか。

実はこの春分の日とは元々「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」、そして秋分の日は「秋季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」という、皇室の重要な宮中祭祀が行なわれる祭日だったのです。

春分の日とは 春季皇霊祭という重要な祭日

皇霊祭とは歴代の天皇、皇后、皇族の御霊を祀る儀式。

歴代天皇や皇后、皇族の皇霊が祀られた皇居内の「皇霊殿」にて、春分と秋分に執り行われます。

この日は一般国民にとっても同様に、それぞれのご祖先様に感謝し、お墓参りなどをする大切な日でした。

もともと春分も秋分も先祖の供養を行なうお彼岸の時期であり、また日本には古来から春分の頃にはその年の五穀豊穣を祈り、秋分には収穫に感謝するという風習があったのです。

命を繋いでくれた先祖に思いを馳せ、自分たちを生かしてくれている自然に感謝し、そして何よりも万世一系である天皇の下で生きていることの幸せや安心感を改めて感じる。

このように皇霊祭とは、皇室だけではなく一般国民にとっても非常に大切な祭日だったのです。

なぜ「春季皇霊祭」は「春分の日」になったのか

ではなぜ春季皇霊祭が春分の日に、そして秋季皇霊祭は秋分の日へと変更されたのでしょうか。

実はそこにはアメリカによるGHQ(連合国軍総指令部)が展開した、日本弱体化政策が関係していました。

敗戦後、当時日本は天皇と国民が一体となった国であったため、GHQは日本国民から天皇という絶対的精神的支柱を奪うことこそが、日本を弱体化させるには最も効果がある、と考えたのです。

そして天皇や皇室、日本古来の神道に関する事柄などを徹底的に否定し排除する、という方針を立てました。

それにより天皇や皇室に由来する祭日も次々と変更を余儀なくされ、春季皇霊祭と秋季皇霊祭も1942年廃止されてしまい、春分の日、秋分の日という皇室と関係の無い祝日に変えられてしまったのです。

宮中における皇霊祭自体はその後も途切れることなく、現在に至るまで続いているのですが、国民からは完全に切り離されてしまった。

日本国民にとって「春季皇霊祭」と「秋季皇霊祭」という祭日は「皇室を尊び、先祖を大切し、自然に感謝する」という、正に日本人の美しい精神そのものでした。

そしてそれを奪われるということは、当時の国民にとって日本人としてのアイデンティティを奪われることに他ならなかったのではないかと思います。

「春分の日」を本来の「春季皇霊祭」に戻そう

GHQの日本弱体化政策によって強制的に変更させられた祭日は、春季皇霊祭と秋季皇霊祭だけではありません。

明治天皇のお誕生日であった「明治節」は「文化の日」に。

日本の収穫祭であった「新嘗祭」は「勤労感謝の日」に。

皇室に関連したこれらの非常に重要な祭日は、名称もその意味も全く元の形を残していません。

メディアにしても、その年の春分はいつになるのかという情報ばかりで、本来の意味を正しく国民に伝えようという意思などほとんど皆無です。

日本の国民の大半は春季皇霊祭という言葉さえ知らず、昼と夜が同じ長さになる日を祝う日なんだろうと、本気で思っている人もかなり多いはず。

それだけではありません。国民の大半が自分の国の建国の由来を知らない国なんて、世界でも日本以外にありません。

GHQの狙い通りに、日本は自分の国の歴史を軽視し、国民の祝日を単なる休日だとしか考えないような国民ばかりになってしまいました。

それの証拠に、世間一般でも国民の祝日に関する話題といえば、この月は祝日が無いから何か祝日を作ろうだとか、どうせなら連休になるようにしようといった、本当に情けなくなるほどにレベルの低いものしかありません。

国の神話、歴史、伝統、文化を軽視し学ばないような民族は、いつか必ず凋落するのです。

ですので春分の日を本来の春季皇霊祭に戻し、国民全員でその歴史的意義を今一度再確認することは、日本人の美しい精神を取り戻し、平和で文化的な日本をずっと維持していくためにも非常に大切なことなのだと思います。


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