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十三参りの年齢は数え年なの?それとも満年齢でもいいの?

2017.01.11

 

十三参りの年齢は数え年なの?それとも満年齢でもいいの?

七五三ほど一般的ではありませんが、京都や大阪など関西圏を中心として行われる、数え年で十三歳になった際のお祝い行事が「十三参り」です。

この記事では以下の疑問について皆さんと一緒に見ていきたいと思っています。

▼ 十三参りとは何なのか

▼ 十三参りの年齢は数え年でなければいけないのか、それとも満年齢でもいいのか

▼ 京都嵐山の法輪寺では、なぜ十三参りの帰り「渡月橋」を渡りきるまで後ろを振り返ってはいけないのか


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十三参りとは

「十三参り」とは、数え年で十三歳になった男女が虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)という仏様にお参りして、知恵と幸福を授けてもらう伝統行事です。

かつて十三歳というのは、男子は「元服(げんぷく)」女子は「髪上げ」という成人の儀式を行なう年齢でした。

つまり十三歳という人間形成に最も重要な時に、虚空蔵菩薩に知恵を授けてもらい、立派な大人として成長しけるようお参りする、というのがその意味なのです。

また十二年に一度迎える自分の干支の年(廻り年)は、男女共に共通の厄年であり、十三歳というのは初めての廻り年となるため厄払いの意味も含んでいます。

十三参りの年齢は数え年?それとも満年齢でもいいの?

十三参りは旧暦の三月十三日、現在の四月十三日に行われます。旧暦三月十三日というのは、虚空蔵菩薩の縁日(その仏さまに最も縁のふかい日)なのです。

寺院にもよるのですが、現在では四月十三日の前後に数日間、また四月十三日の前後二ヶ月(三月十三日から五月十五日)といったように、ある程度の期間を設けて行なっているところがほとんどです。

そして今では十三参りは小学校を卒業し、中学校に入学する前に行なうというのが一般的になっているのですが、ここで一つの疑問が生まれます。

本来十三参りは「数え年の十三歳」で行なうものです。

昔の年齢の数え方である「数え年」とは生まれた時を一歳として数えます。それに対し現在の年齢の数え方である「満年齢」は生まれた年を0歳として計算します。

つまり数え年で十三歳というのは満年齢で言えば十二歳、つまり学年で言えば小学六年生にあたります。

そして中学入学の年に十三参りをすることは、数え年の十四歳でお参りすることになるわけです。

実はこの件に関して疑問に思っている方が結構おられるようで、小学六年生なのか、中学一年でもいいのか、数え年の十四歳でお参りするのはおかしくないのか、といった声も結構聞かれます。

ただ、同じ学年といっても早生まれ人もいれば遅生まれの人もいる訳で、早生まれの人は中学入学年が数え年の十三歳となる。

これは、現在の成人式も学年単位で行なわれていることを考えれば分かりやすいと思います。

昔は生まれた年を単位としましたが、現在は学年単位で年齢をとらえるため、伝統的な行事に関して多少合わない部分が出ることもあるのです。

しかし十三参りの本来の意義は、あくまでも大人になるためのひとつの通過儀礼であり、子供に成人としての自覚を持たせるためのものです。

ですのでその意味さえちゃんと心得ておけば、数え年の十三歳でも、満年齢の十三歳でお参りしても全く問題ないと思います。

それに、中学入学というのはちょうど良い区切りといいますか、人生の大きな節目のひとつでもあるので、現代ではこの時期のお参りのほうが本来の意義に沿っているのではないかと思います。

ですのであまり細かい事は気になさらず、お子様の健康と幸福を願って十三参りをしてみてはいかがでしょうか。

なぜ渡月橋で振り返ってはいけないのか

寺にお参りする場合、写経という仏教の経典を書き写したものを奉納するのが正式な作法なのですが、十三参りでは子どもに漢字一文字を書かせて、これを「一字写経」として奉納します。

境内で十三種類のお菓子を詰めた「十三智菓」を求め、お供えした後に持ち帰って家中で食べて祝うところもあり、どうやらこの慣わしは大阪の太平寺から生まれたもののようです。

十三参りで最も有名な京都嵐山の法輪寺では、お参りし知恵を授かった帰り道、その途中にある「渡月橋」を渡り終えるまで後ろを振り返ってはいけない、という伝えがあります。

振り返ってしまうと、せっかくもらった知恵を失ってしまうというのですが、なぜそのような言い伝えが生まれたのでしょう。

色々と調べてみた結果、実はその由来は不明のようなのですが、ある書籍に面白い記述があり、それによると言い伝え自体にたいした意味などないと言うのです。

子供というのはわがままで自己中心的な存在であるが、大人になるということは、世の中の決まり事に合わせて生きていくということである。

これからは世の中の理不尽も受け入れていかなければならない。

たとえ納得できなくても、振り返ってはいけないという決まり事がある以上、大人なら振り返ってはいけないのだ。

つまり、これはルールを守る大人になるための通過儀礼なのである、といった趣旨の内容でした。

そういった言い伝えの多くが、生きていくための知恵を伝えるものだとするのなら、非常に納得のいく説明であると思います。

※参照文献 「京都学の企て」知恵の会


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