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時の記念日の由来 日本人はもともと時間にルーズだった?

2017.02.13

 

時の記念日の由来 日本人はもともと時間にルーズだった?

6月10日は「時の記念日」

この記事では「時の記念日」の意味とその由来、また日本人はもともと時間にルーズだった、という説もあるようですが、一体それは本当なのかといった疑問等ついて、わかりやすくお伝えしていこうと思います。

では一緒に見ていきましょう。


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時の記念日 その由来

この時の記念日ですが、生活改善同盟会と現在の国立天文台である東京天文台により、1920年に制定されました。

そしてその趣旨は「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」というものです。

では6月10日が時の記念日になったその由来とは、一体何なのでしょうか。

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)として知られる、第38代天智天皇が建造した、日本初の時計「漏刻(ろうこく)」

この漏刻とは非常に大掛かりな水時計で、その周りには漏刻の番をし、そして鐘や鼓を鳴らしてその時刻を知らせる人間が配置されました。

この漏刻が初めて時を刻み、そして鐘や鼓でその時を知らせたのが671年、現在の太陽暦の6月10日であったことが時の記念日の由来なのです。

日本人は時間にルーズだった?

この時の記念日が制定された理由として「それまでの日本人があまりにも時間にルーズだったから」という内容の記述が結構多く見受けられます。

現在の日本人の時間に対する厳格さからは考えられないことですが、はたしてこれは本当なのでしょうか。

時の記念日が制定されたのは、1920年の大正9年ですが、1900年前後には日本の列車は分単位で運行されていたという記録が数多く残されています。

ただ民間で時計を持っている国民はまだ少数で、人々は時を知らせるお寺の鐘や「どん」と呼ばれた正午を知らせる空砲などによって、おおよその時間を知ったのです。

つまり決して時間にルーズだったというわけではなく、まだ欧米に比べて時計が一般的ではなかったため、時間を守るという概念自体がまだ希薄だっただけなのです。

そこから日本はあっという間に世界でも類を見ないほど時間に厳格な国へと変化していきました。それは鉄道などの交通機関の時間の正確さを見れば一目瞭然です。

時計の存在が当たり前である現代でさえも、時間にルーズな国は数多くあります。

14、5世紀には機械式時計も広まっていた西欧の先進国でさえ、日本ほどの時間の厳格性を持った国は見当たりません。

それに比べ、日本は明治5年にそれまでの太陰暦から太陽暦に変えて、海外の暦と時法を取り入れて100年も経たないうちに、世界で最も時間に正確な国になっていった。

こういった点からも「時間に厳格である」というのは日本人本来の気質であり、もともとそういう国民性であったことが分かると思います。

時の記念日に関するお祭やイベント

近江神宮「漏刻祭」

天智天皇を御祭神とする滋賀県の近江神宮では、6月10日に天智天皇がお造りになられた漏刻が初めて時を刻んだ事にちなみ、この日に「漏刻祭」が行なわれます。

 

明石市「時のウィーク」

明石市は日本標準時子午線が通る街です。日本標準時子午線とは、日本の標準時間の基準となる線のこと。

明石市は時間と深い関わりのある街として、毎年6月10日時の記念日を含む1週間を「時のウィーク」とし、明石公園などを中心に色々なイベントが行なわれます。

また明石市ではこのイベントを通して「時の記念日」を国民の祝日にしよう、と呼びかけています。


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